【20歳で月収200万を手にした男】~高校編~

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高校という名の隔離病棟

僕が入学した高校にはいくつかのクラスがあり、その中で僕が入ったクラスは、その年に新設されたいわば特進選抜科のようなところで、学校側の力の入れようが半端じゃなかった。
 
まずそもそも論としてクラスが17人しかいない。女子は5名。1クラスしかないので勿論3年間クラス替えはない。
 
そして他の科が長くて6時間授業なのに対して、こちらは7時間目まである。これが理由で入部を断られる部活も多かった。
 
極めつけは他のクラスと全く交流がない。校舎も違う。例えば他のクラスがA棟にあるとすると僕たちはB棟の最上階の端っこにぽつんとある。
 
更に修学旅行先も違う。他のクラスはオーストラリアに行くのだが、僕たちは17人で仲良く沖縄!――アホかと。
 
端的に言えば、同じ学校にありながら、17人だけの違う学校。それが僕が入学した高校だった。
 
まだそのクラスメイトと話が合えば希望が見えるかもしれない。
しかし何故受かったのかわからないが、偏差値70くらいあるところだったため、いわゆるオタクのような人が多く「あ、これはミスったかもしれない」と初日に直感で思った。
 
そのためなんとか他のクラスと接点を作ろうと軽音楽部に入った。ドラムマニアが好きだったので、パートはドラムにしようと安易に決めた。
 
これで少しは高校生活がマシになるのかもしれない、と思った矢先……なんと軽音楽部の人たちもほとんどオタクだった。
 
具体的にはアニソン好きが多く、そこからアニメファンになっている人が多かった。
当時の僕はアニメの知識が全くと言っていいほどなかったので、話がぜんぜんわからない。
 
もうこうなたっら郷に入りては郷に従えということで「ええいままよ!」と言わんばかりに勧められるアニメを愚直に見始めることにした結果
 
 
 
――めっちゃハマった(笑顔)
 
 
 
良くも悪くも高校生活はこれを起点にほとんどアニメに費やすことになった。
夏休みなんてスクリーンセーバーを解除させるためにマウスを少し動かす動きしかしていない。幸か不幸かそのおかげで話が合わなかったクラスメイトともアニメの話をするようになり、結果オーライという感じにはなった。
 
中学生時代、あれほど色恋沙汰のオンパレードだったのが嘘のように、いわゆる「女遊び」のようなものはしなくなっていた。勿論一切何もなかったわけではないが、中学の時ほど「遊ぶ」ということはしなかった。
僕は中学の時に一般的に根暗なイメージがある卓球部に幽霊部員気味で入っていたのだが、高校でわりと華やかなイメージのある軽音楽部に入って確信したことが一つだけある。
 
 
――卓球部のほうがモテる
 
 

受験戦争

高校に入学して一年目は、髪の長さに対する校則の厳しさが嫌で嫌で、まだクラスメイトとそこまで打ち解けておらず、本当に高校生活に絶望していた。

実は当時いくつかの学校に編入できないかと電話で問い合わせていたほどだ。

担任にも「嫌だったら辞めていいんだぞ」と言い放たれ、本当に路頭に迷っていた。

しかし転入に関して言えば出来ないことはないものの、学年がひとつ下の子たちと同じになると言われ、もうこの高校でやるしかないなと、ある時腹をくくった。

泣き言を言うのを辞めてからは学校の手厚いサポートのお陰で成績はまぁまぁ良くなったと思う。模擬試験では数学で一度埼玉で1位を獲り、政経の偏差値も一時80台を突破した。

このまま大学受験も順調にいくのかと思っていた矢先、高校3年の段階で理系から文系へと自分の意志で転身することにした。

僕のクラスは理数メインで、1年次からカリキュラムもほとんどそれで組まれている。

つまりは1年の時からやってきた理系科目を無意味にするという判断だったが、単純に理系の大学に興味が湧かなかったのだ。理由はそれだけ。

しかしそう決断したものの、実際理数科にいながら文系受験するというのは、簡単ではなかった。一応先生には伝えていたので大目には見てくれていたものの、机の下でひっそりと文系科目の勉強をするのは、後ろめたさがないと言ったら嘘になる。

ただでさえ元々文系受験を念頭に置いている受験生に比べてスタートが遅れているので、高3の受験シーズン真っ只中の時は朝9時から塾の自習室に行き17時まで勉強、夕食を食べ24時まで喫茶店で勉強という生活リズムだった。

骨の音

そんな受験シーズンのある日、父親から電話があった。

父「今すぐ帰ってきてくれ」

柳少年「なんでー?」

「おじいちゃんが脳梗塞で倒れた!」

突然だった。

元々体調が良くないのは知っていたけれど、あまりにもイキナリだったので、なんというか、頭が真っ白になった……。

とりあえず急いで家に戻り、家族で病院に向かう。

祖父は既にベッドで横になっていて、腕には点滴の管が貼り付けられていた。

最近勉強ばかりで祖父と顔を合わす機会がなく、久しぶり見た祖父の顔はひどく痩せこけていて、体はひんやりとしていた。

コチラに気づいていないのか、呼びかけても返事がない。

なんで、もっと早くきづけなかったんだろう

なんでなんで

そこまでおじいちゃん子ではなかったけれど、祖父とのわずかな思い出が一気にフラッシュバックして、急に、涙が止まらなくなった。

僕にとっての初めての身内の死だった。

人間ってこうもあっけなく死んでしまうものなんだなーとつくづく感じ、心に何か穴があいたような、そんな気持ちのまま数日が過ぎた。

勉強もやってはいるものの頭に入ってこず、左から右へと覚えたものが通り抜けていく。

不思議な感じ。

そして祖父の葬儀の日。親戚が集まり、初めて喪服というもの着て執り行う。

祖父の遺体は綺麗に棺に収められていて、側にはタバコなどが置いてあった。

「あー、中の物がでてこないように鼻になんかつめておくんだー」

そんなことを祖父の遺体を見ながら思っていた。不思議ともう涙は出なかった。

その後祖父の遺体は火葬場へと運ばれ、あとはただ、それが、終わるのを待った。

ひたすら待った。

火葬後は家族で骨を骨壷に入れる。

カラン カラン カラン

骨壷に骨が入る度に空虚な音が鳴り響いて、僕はそれがとてつもなく嫌だったのを覚えている。

さっきまでいた祖父はどこへいったのか。今あるのはこの小さな小さな骨だけ。

人間って本当はこんなに小さいのかと思うと、何だかとても切なくなって涙が出てきそうになるのを堪えた。

祖母はどう思っているのだろう。

僕の前では気丈に振舞って悲しい顔なんて一回たりとも見せなかったけれど、ただ、結婚相手が死んで悲しくない人なんていないんじゃないだろうか。

強い人だ。

やはり久しぶりに思い出して書いてみると、なかなかこみ上げてくるものがある。

今も目から汗が止まらない。

祖父の死後しばらくは勉強が手につかなかったものの、受験に失敗した時に祖父の死を言い訳にしたくない!と思いそこからまた、がむしゃらに勉強を始めた。

そしていよいよ大学受験の日。

結論から言うと第一志望の早稲田には落ち、最終的に中央大学に現役で行くことを選択した。

浪人してまで早慶ブランドにしがみつこうとは思わなかった。

ちなみにクラスメイトはやっぱり賢くて、早稲田受かったのに蹴って公務員になったやつとかいましたとさ。

しかし、ここまで努力して合格した中央大学には、実際半年ほどで行かなくなる。

そう、柳少年、ホストを始めるのだ。

【20歳で月収200万を手にした男】~中学卒業まで~(前章)

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