【四国遍路】四国はどれだけ僕を感動させれば気がすむのか【7日目】

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昨日4合ほど飲んだ日本酒は全く残らず、気持ちよく目覚めることができた。野宿を続けていると、朝起きて、朝ごはんが食べられる、というそれだけで幸せだ。


しかし朝ごはんの前に、僕は大きく心を揺さぶられた。昨日僕を宿まで送り届けてくれた老夫婦が、僕とお大師さまにということで、金五千円也と書かれた奉納書のようなものを渡しに来てくれたのだ。ほぼ宿代である。その親切心に対して僕はありがとうとひたすら言い続けた。言い続けることしか出来なかった。

さらに朝ごはんを食べている際、昨日一緒に飲み明かした隣の部屋の先達さんが、「愛媛に来たら泊めてあげられるので連絡して下さい」と自宅の住所と電話番号を書いたお札を渡してくれた。僕はひたすらありがとうございますと言い続けた。

その後、昨日打ち止めた平等寺まで車で巻き戻してもらい、再びそこから歩き始めた。歩き始めたても、僕はしばらく宿で出会った人たちの事をずっと考えていた。

生かされている、ということを、強く、感じる。

人間は、1人では生きていけない。みんな誰かしら、何かしらに迷惑をかけながら生きている。1人で生きているという人は、それに気づいていないだけだ。歩き遍路は、その迷惑を必然的に人より多くかけることになってしまう。だからこそ歩き遍路をしていると、自分が生かされているという感覚になることが多い。

この旅を始めてから、1日にいったい何回「ありがとう」と言っただろか、1日にいったい何回「こんにちは」と挨拶をしただろうか。

そんなことを考えていると歩き遍路旅初のトンネルにさしかかる。

歩道がある分まだマシである。

そして潮の匂いと共に、念願の浜が見えてきた。

海はいい。潮騒とともに色々なものが流れていくのをを感じる。

しばらく埠頭で日向ぼっこをした後、海辺の町を歩いていると、「お遍路さーん!」と呼び止められる。話を聞く限り信心深い方のようで、ご自身もお遍路を何回も周り、今はお遍路さんのために休憩所の管理なども手伝っているらしい。その方から御利益があるという手作りのフクロウを模したものを頂いた。「不・苦労」ということで、これからの旅のお供にありがたくザックのサイドポケットに忍ばせておく。

不苦労をもらったものの、この辺りから今まで1番右太ももがパンパンになってしまい、歩く度に激痛が走る。しょうがないのでビッコを弾きながら、杖の力も借りなんとか前へと進んでいく。綺麗な風景だけが気晴らしになる。

やっとの思いで23番薬王寺に着く頃には16時くらいになってしまっていた。朝、平等寺まで送り届けてくれた宿の兄ちゃんと偶然再会し、軽く談笑した後参拝に向かう。

参拝も終わり、今日はこの辺りの定番の野宿スポットとなっている道の駅でテントを張ることにする。その前に薬王寺温泉で汗と足のむくみをとる。

結局筋肉痛予防に塗布していた塗り薬がヒリヒリしてお風呂には浸かれず、シャワーだけですませた。もちろん足の痛みはそのままである。道の駅はまだ空いているので、閉まる時間までご飯を食べようと、この辺で美味しいと有名の「ひわさ屋」というお店に入る。

ドーーーン!!!!!んまっ!!!!!

阿波地鶏が有名らしく、塩を軽く振って食べたが絶品だった。何よりこの旅で肉を初めて食った。肉うますぎ。そして左上の岩がき、港町というだけあって、新鮮すぎてほっぺたおちた。今まで食べた中で1、2を争うレベルで美味い生ガキだった。これならお腹壊してもいい。

ごちそうさまでした!昨日に引き続きこんなに美味しいものを食べれて痛風になりそうである。

そして何より最高だったのは、この食事処でまたまた素敵な出会いがあったのだ。

僕がたまたま座った席の隣にいた香川県から遊びに来ているというご夫婦と話が弾んでしまい、食事ばかりかお勧めの宿、施設、ヨガのインストラクターをやっているという奥さんに筋肉痛に関して色々とアドバイスも頂いた。

更には香川にきたら電話してくれれば、土日なら泊めてあげられるし、美味いご飯でも食べに行こう!とまで言って頂いた。もうひたすら感謝である。

そしてご夫婦との別れ際、「ここの料金はお接待で払っておいたから。頑張ってね。」と言われた。僕はひたすらありがとうございますと言い続けた。軽く涙が出そうになった。

さらに、である。ひわさ屋から出る間際、その一部始終を見ていた、僕と同じ立場のお遍路さんまでもが「これ、お接待。なんか美味しいものでも食べて。」と1000円を渡してくれた。

――四国はどこまで僕を感動させれば気がすむのか!

四国は死国だ!なんて思ったこともあったけど、四国の人は温かい。四国は四国として存在するだけであり、四国の人は変わらず温かいのだ。

『ご飯を食べに行くだけで1000円増やす法』なんて胡散臭い情報商材みたいなことを、リアルに体験したその帰り、僕は「この恩を回していかなければならない」と強く思った。

確かにお接待をするのは地元の方で受けるのはお遍路さんという文化がある。けれども先ほどのお遍路さんのように、お遍路さんがお遍路さんに対してお接待をしてもよいのだ。

僕があのカウンター席に座っていたお遍路さんの立場だったら、恩を回すことが出来ただろうか。お接待とはそもそも、恩を送る側の人がいなければ存在しえない文化である。

もうそろそろ、受け身でいるのは、終わりにしてもいいんじゃないか、と思う。

この1週間に受けた恩を、僕も、先ほどのお遍路さんのわうに、立ち上がって、回していかなければならない、と、強く思った夜であった。

明日からまた90キロの旅が始まる。

【支出】食費280円、お風呂500円

【歩行距離】26.9キロ

【参拝霊場】23

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