死ぬまでに時間あるなら観てほしい傑作映画

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【死ぬまでに観ときたい傑作映画】リストの方をまだご覧になっていない方は、まずはそちらからどうぞ。

立候補

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僕がわざわざ2倍速で数多くの映画を見ているのは、

この作品のような、激しく価値観を揺さぶるものと出会うためだと言っていい。

それほど最近見た映画の中では衝撃的だった。

本作は日本の選挙における、いわゆる「泡沫候補者」と呼ばれる人達をクローズアップしている。

中でもフューチャーされているのは、ご存知マック赤坂氏。

基本的には彼を中心に物語は進んでいくのだが、

予め断っておくと、個人的には本作は、断じて選挙の話だとか、

キャッチコピーである「負けるとわかってなぜ戦う」から匂ってくる

少数派が多数派に挑む英雄譚がテーマだとは思っていない。

確かに、ドキュメンタリーの作りを素直に受け取れば、

上記のようなテーマであろうとは思うのだが、

というかむしろ、ドキュメンタリーの作り自体は

作り手の意図が露わになりすぎていて、

失笑してしまった箇所もあるくらいなのだが、

僕が本作から何よりも学んだことは、何と言っても

【集団心理の不気味さ】である。

いやーもうね、震えた。

ラスト、震えましたわ。

おぞましかったです。

これ、日本かと。

ラストの不気味さの詳細についてはネタバレになるのでここでは具体的には言及しませんが

あれって、マジョリティーの標的がたまたまマックさんという異分子であっただけで、

多様性を認めないという趨勢の中では、誰もが、被対象になり得るよなーと思っておぞましかったんですよ。

いや確かにね、本作中でマックさんは「公職選挙法に守られている」っていうテロップが出てくるんですが

その通りだな、と。

公職選挙法に守られているのであれば、どんな迷惑行為でもしていいというこの人の行動は、

民意を問う選挙においては、当たり前ですが集団心理を味方につけることが出来ず

糾弾されるべきところもあるとは思います。

しかし、それを踏まえた上でも、ラストの大衆から漂うおぞましさは拭えません。

おそらく監督はそれを狙って撮影しているのでしょうが、

だとしてもラストの大衆の排他的気質、ゴミ・売国奴などのシュプレヒコール、

そしてそれに同調してしまわざるをえない同調圧力の強固さ。

こうやって箇条書きしていくと気付きます。

「あ、これイジメの状況とかなり酷似してるわ」 ということに。

集団心理の怖さというものを実感するのには最高の一本だと思います。

死ぬまでには是非!!

君が生きた証

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映画というメディアの力の恐ろしさを体感する作品。

ネタバレになるので何も言えないんですが、息子の遺したデモテープを歌う父親がグッと来ます。

グッとくるということが恐ろしいことでもあるんですが、そこが映画というメディアの力の凄さですねー。

あーもうこれ以上何も言えません。とりあえず見てみてその理由を確かめて下さい。

セッション

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これ格闘技です。間違いなくジャズ映画という名の格闘技映画です。音楽というものを通して激しく殴り合っています。

もうラストの演奏シーンが終始鳥肌モンです。

バードマン

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アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作品です。

これ撮影監督がゼロ・グラビティの方なんですけど、前編ワンカット(に見えるように)撮っています。

この撮影技術がまずめちゃめちゃすごいです。圧倒的な没入感のある視覚効果を体験させてくれます。

ストーリー的にはフロイトが言うところのエス(本能)、エゴ(自我)、スーパーエゴ(超自我)のせめぎあいのお話です。ファイトクラブとか想像してもらえると分かりやすいかも。

バードマンというのは主人公のおっさんが昔演じたスーパースターの名前で、いわば自分の過去の栄光に取り憑かれているということの象徴。主演のマイケル・キートン自身もその昔ティム・バートン版バットマンでバットマン役を演じて以来、あまり表舞台に出てこなくてなっていたこともあり、もろ本作の設定と彼の人生が被っているのも面白いところ。

あとイニャリトゥ監督は、神は細部に宿るとも言わんばかりの徹底したこだわりを随所に持っていて、例えばこの映画、字幕が黄色なんです。白色の字幕に見慣れていると最初ディスクの故障かと思いそうですが、監督が意図してやっています。理由としては目の補色効果的に黄色の方が見やすいやろ!ってことらしいです。

はたして見やすいかは各々の感じ方次第ですが、そういう小さなこだわりが本作には色々と入っているので画面に目を配らせておくと面白い発見があると思います。

紙の月

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原作角田光代の同名小説の映画化です。

「桐島部活やめるってよ」でもそうでしたが吉田大八監督の原作の再構成スキルは見事としか言いようがありません。

原作がある作品を映画化する場合って基本的には【理解→分解→再構築】のステップに分かれると思うのですが、最近乱立しているアニメや漫画の実写化なんかはこの再構築のステップで大コケしているものが多い気がします。

最初から無理な戦いなのかもしれないですが、吉田大八監督の再構築手腕はとても素晴らしいので、漫画やアニメの実写化も是非一度手がけてみてほしいものです。

肝心の本作ですが、間のとり方、音楽の使い方など極上のエンタメ作品です。物語終盤の宮沢りえの疾走シーンはどこか清々しさまで漂わせていて個人的に本作の白眉であると思う。

ちなみに本作ではあくまで宮沢りえの心情を主体に描かれていて、彼女の犯した行為(横領)がどこか美化されている傾向にある。正当な結果は正当な動機から得られるものであるが、ラスト、彼女が施しを与えた子どもと巡り会えたシーンから考えても、彼女の行いを正当化するような印象を与える。

本作にそこまでハマれなかった人というのは、偏に宮沢りえに感情移入出来なったという人が多い印象を受けるけれど、そんなもん感情移入出来る人のほうが少ないと思うし、かくいう僕も感情移入はこれっぽっちもしていませんが、映画としては素晴らしいと感じました。

別に映画をどう見ようが個人の自由だと思いますが、感情移入出来ないことや、ストーリーだけで映画の良し悪しは決まるものではないと思っています。話がそれそうなのでこれまで!

ウォーリアー

格闘技モノって良い作品が多いような気がする。

ロッキーに始まり、ファイトクラブ然り、ミリオンダラー・ベイビー然り。本作もストーリーだけ見れば特段目新しい物はなく、格闘技映画の金字塔ロッキーとほぼなんらかわりはないと言っても良い。

しかし感動させられてしまうのは、拳を通してしか相手と本当の対話ができない不器用な男たちが、殴りあい、そしてそのシーンからストーリーを読むだけでは言い表せない何かを“感じる”ことができるからだと思う。その点においてSMとの共通項があるようにも感じる。

ラストシーンにおいても兄弟は多くを語ろうとはしない、というか、その必要はもはやない。言葉で伝える以上のものを拳を通して既に伝え合っていたのだ。

あん

もう予告編見てみて下さい。それに尽きます。

樹木希林さん、永瀬正敏さんの演技に胸が熱くなります。

余談ですが本作に出てくる内田伽羅さんは樹木希林さんのお孫さんらしいです。芸能一家やなー

おくりびと

先程紹介した「あん」に出演している内田伽羅さんの父であり、義母が樹木希林さんでもある本木雅弘さん主演&持ち込み作品。

こちらは日本作品で初アカデミー外国映画賞部門を受賞した作品で、国内で相当有名になっていたので鑑賞した方も多いのではないでしょうか。

「納棺師」という職業を本作で初めて知ったのですが、この映画で感じたことは納棺の義とは、恩送りの概念そのものを表しているようでした。

親から子へ、子から孫へと、恩送り(納棺)の概念は続いていく。

納棺という儀式、また納棺師という職業は、損得勘定を抜きにした奉公そのもの。

「今までありがとう」「お疲れ様」と死者に対しての尊厳とともに、次の門出へと送り出してあげる。

奉公の対象は死者なのだから、勿論だがそこに見返りは求めはしない。

カルマを清算し、次へと送る。恩送りの概念をそのまま体現してくれいる素晴らしい作品です。

GO

僕の青春を彩った作品です。

一番初めに本作を見たのは確か中学生の頃だったのですが、シビレたのを今でも覚えています。本をあまり読まなかった柳少年に原作本まで買わせるほどには影響されてました。

もう30回以上は余裕で見ているのですが、この間久しぶりに見返してみても全く色あせていません。もうトゲトゲしててアホでイカ臭くていい映画です。

若いときって根拠のない自信みたいなものが常にあって、世界は自分中心で回ってるんだと思ってました。でもオトナになるにつれて知識が増えてくると、そんなことなんか全然なくてむしろ自分がいなくても世界は平然と機能してくんだってことが分かりました。

でも、そこで変に厭世的になるのではなく、基本的に「生」は無意味だと分かった上で闘うんです。生きる希望を亡くした人間より、死を受け入れた人間のほうが強いのと同じように、根拠のない自信しかなかったあの頃より、バカだと分かっていながら闘う人間は強いと思うんです。

劇中でとても好きなシーンがあります。少し抜粋します。

「左腕まっすぐ伸ばしてみな、坊や。そのままぐるっと一回転しろ。……よし、今、お前の拳がひいた円の大きさが、大体お前っていう人間の大きさだ。言ってることがわかるか?坊や。その円の真ん中に居座って、手の届く範囲のものにだけ手を伸ばしてりゃ、お前は傷つかずに生きていける。そういう生き方、どう思う?」
 

「ダセえ」

 
「ボクシングとは何ぞや。その円を、己の拳で突き破って、外から何かを奪い取ってくる行為だ。外には強い奴がいっぱいいるぞ。そいつがお前の円の中に入り込んでくる。殴られりゃ痛えし、殴るのも痛いってことだ。それでもやるのか?円の中にいる方が安全だぞ?」

「やる!」

 
「……始めるぞ」

青臭いセリフですが、いいシーンです。

根拠のない自信ってある意味最強なんですよね。歳を重ねて守りに入ってしまうよりかは全然いい。

この気持を忘れないように定期的に見返したい作品です。

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー

押井守監督の出世作。

押井守といえば哲学的で難解な作風に定評があるが、本作はまだ娯楽性をある程度保ったまま適度に押井監督の作家性が注入されており、非常にバランスが良く出来ていると言っていい笑

例えばこれがパトレイバー2のように一般ウケはガン無視してひたすら作家性全開で作っていたらここまで大ヒットすることもなかったと思う。まぁ押井監督自身が一般ウケは狙っていないと公言してはいるのだが……笑

ともあれ本作はめちゃめちゃ面白い。そして1984年の公開当時は非常に斬新だったループという概念を取り入れている。

いまや深夜アニメで定番となった【ループもの】だがそれを初めてやったのが本作だ。

物語自体は哲学的な所も多いが、全く理解できないというほどではない。むしろ、エンタメ性と押井監督の作家性が絶妙にブレンドされているため奥深い味わいがある名作となって、いまでも一番好きなアニメに挙げる人が多い作品であるのも頷ける。

押井監督作品を初めて観るという方はとりあえずビューティフル・ドリーマーを見てみて、気に入ったら「攻殻機動隊」「人狼jin-roh」「パトレイバー2」辺りを見てみて下さい。全て傑作です。ハマる人はハマると思います。

注意してほしいのは天使のたまごという作品にはまだ手を付けないで下さい。あれは劇薬すぎるので……

DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る

戦争映画です。

冗談ではなく本当に野戦病棟モノを見させられているんじゃないかと錯覚します。

今でこそAKBのドキュメンタリーは姉妹グループのも合わせてシリーズ化していますが、この第二作目が最高の出来栄えであり、この作品があったからこそ、またものすごいものが見れるんじゃないかという期待を込めて、他のドキュメンタリーも全シリーズチェックしています。

正直他の作品は乃木坂のドキュメンタリーがそこそこ良かったのですが、それでもこの第二作目には遠く及びません。アイドル映画だと思って敬遠している方がいるのなら、真っ先に観るべきです。

で、どこらへんが野戦病棟モノかといいますと、ドーム公演の舞台裏の映像です。

基本的に彼女達には家にいる間以外はずっとカメラが回り続けているわけなので、もうそれはそれは苛酷さが克明に映し出されています。

ここまでくると運営側の不手際としか言いようがないと思うんですけど、それくらいギリギリの極限状態で戦争という名のライブをしています。

過呼吸になって担架で運ばれるメンバー、熱中症で倒れるメンバー、道端には酸素注入器を片手に次の入りを探すメンバー、もうバッタバッタと人が倒れていくんです。その様はまさに野戦病棟。この映画の副題「少女たち 息をつまらせ 倒れゆく」の方がしっくりきます。

そんな中でもステージに立てば笑顔を振りまいてパフォーマンスを始める辺りはさすがにプロだなぁと感嘆するとともに、前田敦子というアイドルの唯一無二性を際立たせた作品でもあると思います。

大いに視聴する価値のある作品です。

ラ・ラ・ランド

――2017年始まってすぐにこんな傑作を見れるとは思わなかった。

このページでも紹介している「セッション」のデイミアンチャゼル監督の最新作。

もともとミュージカル映画は好きなんだけれど、本作はミュージカル映画としての側面は言わずもがな、過去の名作映画たちへのこれでもかというほどのオマージュ。そして「一人の狂人が世界を変える」と劇中で熱烈に歌い上げたエマ・ストーンが体現してくれているように、全ての夢追い人への応援歌にもなっています。

これがハリウッドの映画業界関係者の内輪の祭典でもあるアカデミー賞で、各部門を総ナメにしたのも納得がいきます。なぜならハリウッドの今は名だたる映画関係者たちも昔は本作のエマとライアンのように、一人の夢追い人だったからです。特に学生時代に映画を好きで撮っていた人たちはおおよそアメリカのスクールカーストでいうところのナード階層にいた人達が多いと思うので、なおのことでしょう。

それに加えて昔のハリウッドや映画に対するこれでもかというほどのオマージュも盛り込んでいるのだから業界関係者は否が応でも目頭が熱くなるのではないかと。

監督のデイミアンチャゼルが30代前半にしてこれほどの傑作が撮れたのは偏に映画や音楽に対するほとばしるほどの熱い愛があってのことだと思います。

この映画からはそのエネルギーが嫌というほど伝わってきました。

また、本作からは「好きなことを仕事にする」のか「仕事を好きになる」のか「仕事は金を稼ぐ手段として割り切るのか」という正解のない問いを突きつけられているような気にもなりました。劇中の人間たちがどの選択をするのかにも気を配らせてみてみると、また違った味わい方が出来ると思います。

しかしながら、どの選択肢を選んだとしても1つだけ共通していることは、誰もが挑戦者だということです。置かれた環境や、自分の価値観によって選ぶ選択肢は異なれど、大前提として、みな何かに挑戦している。挑戦しているからこそ苦悩が生まれ、葛藤し、いつの日かその小さな狂人が世界を変える瞬間が訪れるかもしれない。

エマ・ストーンが力強く歌い上げるシーンを見ながらそんなことを思ってぼろぼろと涙を流してしまいました。

そして上映終了後、僕はその足で新宿のモンベルストアに行き、アウトドアウェアを買い、100均で木材を買い、ノコギリで切り、錐で穴を開けてヤスリを掛け、そこに油性ペンで大きくこう書きました。

徒歩で日本一周中

僕はやっぱり映画が好きです。

きっかけはきっと何でも良かったんです。

でも、溜まりに溜まったフラストレーションを解放する引き金を引いたのは、このララランドという映画でした。

別に日本一周には行かなくてもいいので、時間があるときにでも見てみてくださいな。

本作はぜっっっっっっっっったいに劇場で、なおかつIMAXで観賞することを強くお勧めします。開始5分でIMAXの臨場感で見れていることに感動すること請け合いです。
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