【徒歩日本一周】30時間ぶっ通しで歩いてみた【17,18日目】

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※画像容量が大きすぎて上手く表示されない場合があるみたいです。次の次くらいの記事からは改善されてと思うのでしばしお待ちを……。

昨晩スナックでだいぶ飲んだせいか、公民館の裏手にテントを張ったらすぐ眠りに落ちた。

公民館は9時かららしかったのでそそくさとテントを撤収する。

ブログを書き、昨日お世話になったキャラバンさんにあいさつして歩き始める。

道中「東京ドイツ村」なる施設があったため寄ってみたものの、閑散とした雰囲気に哀愁を漂わせながら流れる虚しいBGM。

これは山谷の世紀末感と同じだ!と思い、おそるおそる退散した。

何もなさすぎるのでたまに道端に花が咲いていたらすかさず愛でる。

人通りのない田園風景を横目にひたすら歩く。

歩く。歩く。

途中じいちゃんに野宿できそうな場所を聞くと、グーグルマップ on the ダンボールをしてもらう。

淡々と無心に歩き続けていたら気付けば夜だった。

じいちゃんが教えてくれた野宿場所に着いたものの、まだ足は軽い。いや、踊っている。歩きだしたいと言っている。と、錯乱してしまったが最後、よからぬことを思いついてしまう。

これ、24時間歩き続けられるんちゃうか

いや、いうても僕歩きのプロなわけで、ここで24時間耐久とかやっとくと後々

「最高1日どのくらい歩きましたかー?」

「24時間で100キロくらいですかね(ドヤァ)」

「えー!?!?!?24時間テレビ出れるじゃないですか!!!!!」

「まぁ、僕にとっては、24時間テレビのマラソンなんかは、なんていうんですか、助走、ですよね。(ドヤァ)」

っていう会話が繰り広げられる事が容易に想像出来たんでね、安易にやったわけなんですが。先に結論から言うと、二度とやりたくねぇってとこが正直な感想です。

まぁこの時はドヤ顔で、伊能忠敬記念館がある香取市は佐原にルートを定めて

この国道沿いからスタートすることにしたわけです。

さらには言わなきゃいいのにツイッターでわざわざチャレンジを喧伝してドMさながらに自分を追い込み、後ろから追い越そうとして来たチャリに舌打ちをされながら19時頃にスタートしました。

スタートから3時間くらいは気持ちも盛り上がっていてなかなかに楽しかったんですが23時辺りから身体の節々(特に足)が痛くなってきて、「止まったら負けだ。止まったら負けだ。」と自分にむち打ちながら歩く時間が続く。

途中、国道沿いなのにわざわざ車を停めて、降りてきてくれて、激励の言葉と、強い握手をしてくれた人がいた。軽く泣きそうになった。あぶない。夜はずるい。

その後も道行く女の子に差し入れを頂いて枯渇していたエネルギーを補充しながら進む。

国道にさえ車の通りがほとんどなくなってきた頃に、ようやく香取市の看板が見える。

深夜3時を過ぎると、道の真ん中を歩いても平気なレベルで車が通らなくなってくる。本当に国道なのか。

しかし、ここにきて眠気がピークに達する。車の往来は少ないとは言ってもトラックはぽつぽつと通る。トラックの運ちゃんからしてみれば、真夜中に国道沿いを誰かがぽつんと歩いてたら幽霊かと見紛うこと必須である。

僕の方も眠気でフラフラ歩いていたせいでトラックにはねられたらまだ生命保険も降りないし散々なので、たまたま見つけた閉店後のラーメン屋の前におもむろに居座り、座禅をする修行僧のような形で仮眠を取ることにした。

――30分ほど経っただろうか。

トラックのエンジン音と寒さで目が覚める。

まだ眠気は残っているが重い腰を上げ、歩き始めようとしたその時、足に激痛が走った。硬いアスファルトの舗装路をずっとあるき続けていたせいだろうか、足首と足の裏がとてつもなく痛い。そればかりか、おまけに何故か肛門も痛い。

おい肛門。お前は関係ないだろ。

結果的に歩くスピードは時速3キロ以下になり、歩いては少し休み、歩いては少し休みを繰り返していた。次第にうっすらと夜が明けてきた頃にローソンで休憩がてら朝飯にカップヌードルをすする。そして、食べ終えた瞬間に意識が飛んだ。

――気付いたときには朝の6時だった。1時間以上仮眠していたことになる。そのおかげか、先程よりもいくぶんか歩けるようになっていた。相変わらず肛門は痛い。というか、アナルめちゃめちゃ痛い。歩く度に「ピリリッ」と下痢の最後の方のような痛みが生じる。

ぢ!?



背中にはザックを、ケツ穴には爆弾を抱え、歩く弾丸男として眠気と戦いながら、休憩をはさみつつなんとか歩いていると、ようやく香取市の看板が見えてきた。

ただケツ穴が痛すぎてそれどころではない。

ぷっっひゅゅゆうううぅっ…ぷにゅっ

とかいう謎の擬音語が時たまケツ穴から発せられる。誰か住んでいるのか。

当初の到着予定だった11時は大幅に過ぎて既に24時間は経っているものの、もうここまで来たら目的地にたどり着くまで意地だった。

そして――


ついたああああああああああああああああああ

肛門科ああああああああああああああああああ

――もうね、アナル痛すぎて伊能忠敬記念館どころじゃなかったんですわ。

ともあれ開始から小休止を挟みつつ約30時間ぶっ通しで歩き続け、計100キロ歩く事に成功しました!

30時間歩き続けて思うことは

そんなことよりケツが痛い

であり、

もう二度とやりたくねぇ

ということです。

ちなみに肛門科での診察結果は「痔」ではなく、歩きすぎた結果肛門の入り口部分が擦れて擦り傷のような状態になっている、とのこと。

というわけですので、みなさんも100キロ近く歩き続ける際はケツ穴に細心の注意を払ったほうがいいかと。

そしてそして肛門科に初めて行った記念も兼ねて、アナルに拡張鏡を入れた状態で記念写真をお医者さんに撮って頂きました。

その際「ごめん、上手く撮れなかった」と言って渡された写真が全て、ただひたすらにアナルのドアップ写真ばかりだったのですが、そもそもアナル写真の良い悪いの基準が謎なので、正直「こいつは何を言っているんだろう」感があるのは否めませんでした。

(すいません決してディスってるわけじゃありません。日本一周してると言ったら試供品の炎症止めくれたり親切な良いお医者さんです。あなたも肛門見せに行く際はぜひ。)

その後、病院の待合室で隣に座っていたお母さんに教えて頂いた銭湯に向かうことに。

30時間ぶっ通しで歩いた後の風呂は「しみる」という言葉だけでは到底形容のできないなにかがあったのは言わずもがな。

風呂に入ったらあとはちゃんとした飯を食って近くにあるという道の駅に泊まろうと画策し、これまた病院でお母さんに聞いた「Yamucha」という中華料理屋に向かうことに。

しかし、長風呂したせいもあって着いた時には既に「準備中」の看板が。1%の望みを胸に

「すいません、もうやってないですよね?」

と店のドアを開けるも、

「ごめんねー!もう終わりなのよー!」

とお店のお母さん。

「ですよね。すいませんでしたー!」とお辞儀をし、店を出たその瞬間。

「え!?日本一周してるんですか!?」とバイトの子らしき女の子に声をかけられる。

続けざまにお母さんが

「なによーあんた!とりあえず入りなさいよー!」

と言われたが最後、あれよあれよと賄い飯を出して頂いたばかりか、お酒も飲ませて頂き、更には野宿していることを聞くと「そこ泊まってきなさいよ!」とお店の畳の間に泊めて頂けることに。

ここまでの流れがあっという間すぎてもうなんと言っていいかわからず、「ありがとうございます!!」としか言葉が出ない。

最終的にはそこの息子さんとバイトの男性3人で飲みに行くことになり、気が付けばさっきまで30時間歩いていた事も忘れ深夜3時まで飲み明かしてしまった。

――こういうことを書くとさぞかし僕のコミュニケーション能力が高いと勘違いをする人がいるかもしれない。

そうではないんだと思う。

全てはお店の人達や出逢う人全ての人柄であり、そういう人たちと出会うように仕組まれている「ご縁」に依るところが大きいんだと思う。

人との出会いは偶然のようで全てに意味があると思っている。そう思える源泉とは、打算的に相手の心理を操ろうとするようなコミュニケーション能力のことではなく、人が好きという精神が根本にあるからなのかもしれない。

佐原。いい街だ。

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