【徒歩日本一周】自殺をする(執着を捨てる)【15日目】

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昨日、洗濯も風呂も電源も飯も寝る場所も用意してくれたおっちゃんのおかげで、フルパワー充電された。

お酒は1ミリも身体に残っている感じはせず、むしろ今までうさぎの糞のようなポロポロ便だったのがちゃんと文字通り大&便となって出てきたくらいだった。

朝食を済ませ、機械に疎いおっちゃんに色々とパソコン教室的なサムシングをした後、11時くらいにおっちゃんの車で家を出た。

この日は雨が降っていた。早朝こそシトシト雨だったか時間とともに雨脚を強め、おっちゃんと別れる頃にはどしゃぶりになっていた。

昨日のおっちゃんとの宴の最中、色々と話しているうちに考えが変わり、千葉の外周を回るのを辞め、内陸を横切って伊能忠敬記念館がある香取市へと直行することにした。

そのため館山へ向かうために南へ歩いていたルートを引き返し、今日からは北東へと進むことになる。

おっちゃんには昨日さらわれた場所の少し先にある林道の入り口まで送って頂いた。

別れ際、感謝のしるしとしてお手紙を渡す。おっちゃんの家にはテーブルや壁にたくさんの写真と手紙が飾ってあった。旅人を泊めたのは僕で3人目だという。僕の手紙も、あのテーブルのどこかに飾られるのなら、嬉しいなあと思う。

レインポンチョを来て、雨よけのハットを被り、いざ歩き始める。歩き始めてレインポンチョにガタが来ているかもしれない事に気付く。所々浸水している気がするのだ。しかし泣き言は言っていられない。淡々と歩くのみだ。

――数時間後、雨脚が更に強くなっていき、昼食がてらどこかで雨宿りが出来るところを探す。

すると途中に八幡神社なるものを発見する。

樹齢何年だろうか、大木がそびえ立っていた。

おっちゃんから頂いたお菓子と昨日買っておいたパンを頬張る。疲れているときは甘い物が身体に染みる。受刑者か。

昼食後、唐突に猛烈な眠気に襲われる。雨脚も依然強かったため、しばらく境内で仮眠を取ることにした。

が、仮眠のはずが結局4時間くらい寝てしまった。18時になり雨は上がっていたものの、これから野宿場所を探すのも億劫だったので今日はこのまま境内にテントを張ることにした。

――ここからは旅とは関係のない余談なんだけれど、この日、久しぶりに自分の不労所得となっているシステムの管理画面を開いたら、見事に報酬が止まっていた。

つまり、簡潔に言うと、完全に無収入お散歩おじさんになったわけだ。

正直、今までは人一人が死なない程度にお金が入ってくる仕組みを構築しておいたおかげで、肉体的にも、精神的にも好き勝手生きていられた面が大いにあったと思う。

当時は不労所得を得ながらも、不労所得と言うものに対してどこか後ろめたさを感じていて、出来る事なら早くなくなんねぇかな!と思っていた。

しかし、実際に消失した今、俺は恐れている。ビビッている。唯一の生命線がとうとうなくなったことを。本当に一切の収入もなくなり、家も捨て、地球に一人の人間として生きることを。

実際、今から家に戻ってパソコンがある環境と時間さえあれば、またその仕組みは再構築できるとは思う。

でもきっと、これでよかったんだと思う。本当なら精神的にはとうの昔に死んでいた。でも、肉体はまだこの世にあるのなら、それをどう使うかだ。

新しい自分に出会うためには、過去の自分をどのタイミングかで殺さなければならない。自分では吹っ切れられなかったスイッチが押されたことには、きっと意味がある。

執着を捨てよう。 お金の執着を捨てよう。お金が無くなったら普通は守りに入って、内に内に留めようとしてしまうがそれは逆だ。お金がないからこそ外に放出していくという逆張りの発想の方が何だか単純に面白い。

そして面白そうな方に、より矢沢の永ちゃんに「ロックだねぇ」と言われそうな道に進んで行くことが、後々振り返った時に、きっと笑い話になるような気がしている。

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