【徒歩日本一周】【初日】

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ようやく徒歩日本一周の旅が始まった。今このブログを書いている時点では既に足がパンパンで小さいマメも出来ていた。身体が、環境の急激な変化に対応しようとしているのが分かる。

お遍路をしていた時は毎日シコシコとブログを書き綴っていたけれど、途中から「あれ、俺はブログを書きに来たのか、お遍路しにきたのかわかんねぇ」状態に陥ることもあったので、今回の旅は週に2,3回くらいのほどほどなペースで更新していけたらなあと思う。

――出発の朝。

深夜3時40分に起きる。まだ辺りは暗い。のそのそと準備を始める。予定では旧友のSに出発を見送ってもらい、家には母の日に送ったカーネーションとともに「ありがとう 行ってくるわ」という最上級にキザな置き手紙を残して風のように去るはずだった。

全部失敗した。

まずSが起きない。S宛にしたためた手紙をどうするか逡巡した末に、Sの家のポストに投函することにした。恋文だ。BLきゃぴきゃぴ。

そしてそんなこんなでのんびりしてたら家族が普通に起きてもた。

結局、行ってくる!という置き手紙の前に普通に本人いる状態というなんともダサイ門出になった。

まぁこんな出発も自分らしい気がする。

出発の際、母親は号泣する反面、父親は「おぉ」の一言だけという「あれ、俺愛されてないかもしらん」と疑うレベルのドライさで二人の感情の落差に揺さぶられながら、なんとか一歩目を踏み出した。

しばらくは見慣れた景色が続く。この辺りでは、

「えー!日本一周!?どこからきたの!?」

「あ、、、そこの角からです。。。」

というギャグが起こらないように日本一周看板を掲げることを辞めていた。

けれども欲しがりさんな僕は、すぐに何かしらのハプニングを求めて、看板を表にすることにした。

しばらく看板を掲げて歩いてみたものの、予想に反して周囲の無関心さに驚く。変なやつにはチカラヨラナイ、という教育の賜物だ。逆に僕のほうが誰かと話したすぎて道を知っているのにもかかわらず、掃除してるじいちゃんに道を訪ねてしまったほどだ。これが日本一周を始めて最初に話した方になる。一抹の虚しさはあるが、やはり人と話すとエネルギーが貰える。

今日は暑かったものの、最高の日本一周日和だった。風が気持ちいい。荒川沿いの道を延々と歩いていく。

途中、緑が覆い茂る脇道に入る。

友達がいた。

これから地球を寝床にするという意味においては仲間だ。

今日はゴールデンウィーク初日だったためか荒川沿いにはチャリダーさんが多かった。そのうちの一人の方から差し入れにソイジョイを頂く。

歩くのに夢中で、今日はまだ何も食べていなかったことにこの時気付く。そしてなによりも応援の声をかけて頂いたことが純粋に嬉しかった。

初・声をかけられた記念に頂いたソイジョイを頬張りながら東京方面へと進む。

すると唐突に朝会うことができなかった旧友のSから電話があり、「今日を逃すと次いつ会えるか分からないし、最後見送れなかったら自分が後々後悔するから会いに行きたい」的なことを言われた。

こいつなかなかストーカーだな。と思いながら、メンヘラに好かれる男代表として今日の目的地の1つだった山谷を一緒に巡ることに。

知らない人も多いかもしれないが、山谷と言えば日雇い労働者が集まる日本三大ドヤ街のうちのひとつ。大人の社会科見学にフラリと立ち寄ろうと思ったのがきっかけだ。

山谷の最寄り駅は南千住駅。しかし神社仏閣を見つけると参拝せずにはいられない病の僕は、道中いくつもの神社仏閣にご挨拶をしにいく。

途中路面電車が走る道を超え

フォントがホラーな博物館がある公園を抜け

参拝しすぎて神さんから「わあった。わあった。もう、ええから。」という言葉が聞こえてくる頃にやっとSと合流する。

その後Sに餌付けをしてもらった。盛った犬の如くバクバクと貪りつく。ありがとう!ごちそうさま!!

飯を食いエネルギーを充填させたら、いよいよ山谷へと向かう。

山谷はこの泪橋(なみだばし)交差点を超え、吉野通りを1本裏路地に入った先に広がっている。

吉野通りのメインストリートは、車が行き交う普通の大通りだった。しかし、そこから1歩路地に入ったその瞬間。一気に空気感が変わった。先程まで鳴り響いていた車の喧騒音が遠のき、何も音がしなくなる。変な表現になるが、無音という音を感じる。静まり返った路地を歩いていくと、シャッター通りと化した商店街にぶつかる。

商店街には、浅黒く日焼けしたじいちゃんが道に座って「わかば」を吸っていた。時折、ボロボロになった歯が垣間見える。

歩行者天国かと見紛うばかりの交通量の少なさ。自転車が車道にどれだけはみ出して駐輪していようが、そもそも車が来ない。

山谷の終着地にはジョーさんが立っていた。漫画「あしたのジョー」では、高度経済成長期にジョーはここ山谷に住み、拳1つで上へ上へと登りつめていく様を描いている。

ジョーさんが泪橋(なみだばし)を逆から登ったんなら、僕は日本を逆から登りますよ。

山谷のメインストリート、吉野通りからは、スカイツリーが間近にそびえ立っている。日本のいわゆる下流社会から、日本で1番高いタワーを見上げるのは、なんだか皮肉的なところがある。

山谷を徘徊して思ったのは治安が悪いという話の前に、そもそも人がいないということだ。昔は労働闘争で血気盛んになった学生がたむろしていたらしいが、その当時の学生達も今は老いている。ゴールデンウィーク初日だったため日雇いの仕事がないからそもそも人がいないのかもしれない。結局数時間そこにいただけでは当然だが何も分からない。

次来る機会があったら今度は何日か宿に宿泊してみようと思った。シラミが湧くらしいので、畳のところは避けたいけれども。

その後調べてみると山谷は今、生活保護などの福祉とバックパッカーの街へと移行しているらしい。安宿を求める外人バックパッカーには確かに一定の需要はあるのだろう。

ただ1泊の値段が2000円前後と予想していたよりも高いところが多かった。数百円レベルの宿がバンバンあるイメージだったが、それだと経済的に苦しいのかもしれない。勿論これも僕のリサーチ不足で探せばあるのかもしれないけれど。

――山谷徘徊後、わざわざ埼玉から会いに来てくれたSとハグをして別れた。

次は新小岩に向かわなければならない。お遍路をしている時にめちゃめちゃめちゃめちゃお世話になった香川のご夫婦に会いに行くのだ。

その当時のことはこちらの記事に詳しい。

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聞けば、東京に転勤になり、ほんの1週間ほど前あたりにこちらに越してきたらしい。これもまた何かの巡り合わせなのかもしれない。

ザックを背負い直し、靴紐を結び直した。

まだ、歩けそうだ。

そのままその足で、新小岩駅に向かう。

――電車乗ってもた

いや、言いたいことは分かりますよ。僕としても電車乗ったことをわざわざブログで書かずに隠すこともできたわけですよ。でも僕はほら、ブッダの教えに忠実に生きてる人間じゃないですか。お遍路の時もテントでシコったことをわざわざブログで報告するくらいプライベートはガバガバに嘘偽りなく生きてる人間なわけじゃないですか。そう思ったらこれはもう言うしかないなと思ったわけです。

まぁ勿論電車内では隠しましたけどね、看板。

「でかでかと『徒歩』って書いときながらアイツ電車乗ってるやんマジカスだわw 晒そ晒そwww」

って言う風に最近はほら、監視社会じゃないですか。ちょっとでもルール破るやつがいるとすぐSNSにあげられて拡散されて血祭りにされちゃうじゃないですか。だからブッダも「それに関してはええよ」と。「看板隠したってもええで」って言ってるような気がしたんで隠したんですよね。

……初日からルールがばがばですが許してください!!!

待ち合わせ時間にどう早く歩いても間に合いそうもなかったんです!!!!!

文明の利器のおかげで待ち合わせ時間に間に合い、無事にご夫婦と合流した後は、ただただ、ひたすらに、宴だった。

海外のホームパーティーばりにおもてなしをして頂き、「あぁ、これからはこんな贅沢が出来ることはほぼないだろうなぁ」とぼんやりと思う。

半年ぶりの再会で話もはずみ、初日からヘベレケになってしまった。多幸感に包まれながら、いつのまにかソファで眠りに落ちていた。

【歩行距離】

39.9キロ

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