【四国遍路】もっとロックに、水のように生きる【お礼参り】

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遍路自体はもう終わったのだが、ここからはお礼参りと言われる、四国の巡拝路を繋げて輪っかにするために一番初めに参拝した霊場へと戻る旅の記録を記していこうと思う。

昨日は夜遅くまで電話をしていたにもかかわらず 朝方早く目が覚めた。

昨日の二人は言っていたとおりおっちゃんの車に乗ってお礼参りに向かうらしい。二人と抱擁し、別れを告げ、僕のほうは改めて88番大窪寺へと参拝に向かう。

昨日は通れなかった山門だ。

ここに杖を納めていく人も多いらしいが、奉納するのにもいちいちお金を取られるし、個人的に長い道のりを共にした相棒とも呼ぶべき杖は、持ち帰ることにした。

大窪寺は結願寺であるとともに逆打ちお遍路さんの最初のお寺でもある。しかもこの年はうるう年だったため例年に増して逆打ちお遍路が人気だった。そのせいかお寺ではまさにこれから逆打ちお遍路を始めるんだろうなあという人が何人か見かけられた。

僕自身結願したオーラを放っていたのかどうかは分からないが、これから車で逆打ちお遍路を始めるという人に声をかけられた。車と徒歩での廻り方はだいぶ違うだろうが、もう僕自身には必要ないので、遍路に関する資料や道中役に立ちそうなものをお接待したり、色々と情報提供をさせてもらった。この方が遍路旅を無事に終えられることを祈る。

改めて参拝を終えた後、昨日電話できなかった人達に電話をかける。

遍路中に連絡先を交換した方全てに連絡をしていると、時刻はもうお昼をすぎる頃になっていた。今日はこの後、香川で知り合った森夫婦と会う約束をしているのだ。

本来なら朝一で参拝を終えた後、香川方面へ歩き出し、道中車で拾ってもらう予定だったが、もう時間的に厳しそうだったので、文明の利器「バス」を使うことにする。

バス停に腰を下ろしていると、先程結願をしたという60代の歩き遍路さんと一緒になる。やはりというか、歩いて結願した人は、ひと目で分かるものだ。日焼けもそうだが、謎の歩き遍路のオーラみたいなものを身に纏っている。

この方は、母親の供養のため、人に頼まれ、今回が3回目のお遍路らしい。同じ歩き遍路同士ということもあってか、年の差など全く感じず、バスの車内でお遍路話に華が咲いた。やっぱり遍路を終えて一番食いたいものは「肉」である。間違いない。

また、例によってこの人も何カ国も制覇している旅人だったので、オススメの国などのお話も聞く。インドいきたい。

そんな話をしているとあっという間に待ち合わせ場所のバス停へと到着し、その方とはお別れをする。

そして、何日かぶりに森兄と再会を果たし、「腹減ってるやろ」ということで、んまいうどん屋さんへ!

どん!!!!!!!

その後、もはや香川の第二の実家となった森家へと再びお邪魔し、結願祝いということでワンピースよろしく宴を始めた。

翌朝。あいにくの雨だが、体調はすこぶる良い。

この日は森兄達が徳島の知り合いに会う用事があるとのことで、僕はお礼参りをするためについていくことになっていた。

腹が減っては戦はできぬということで、まずは近所のオススメのうどん屋さんへ。

なんでもこのお店はお二人が出会ったきっかけになった場所らしく、そんな話を聞きながら食べる飯は、なんだかとても良かった。

サイドメニューのおでんについているこの黄色い辛子が、甘辛くて絶品だった。

飯を食い終え、車に乗り、しばらくすると見慣れた風景が視界に飛び込んでくる。そう、第一番札所のある徳島県へ、戻ってきたのだ。

そしていよいよ一番札所「霊山寺」へと到着。数十日前、全てはここから始まったのだ。これまであまり感じていなかった結願の実感が、ここにきてダイレクトに肌で感じられた。

懐かしい光景が目の前に広がる。あの時は、本当に成し遂げられるのか、期待と不安が入り混じっていた。けれど今、僕は、自分の足で、ここに、ちゃんと立っている。それはとても誇らしいことに思えた。僕は、帰ってきたのだ。

実は、初日にこの場所でお接待して頂いたロウソクをずっととっておいた。一周終えて、ここに戻ってくる時に、そのロウソクで参拝しようと密かに考えていたからだ。

これは粋だぞ!と心のなかでアルカイックスマイルを浮かべながらロウソクに火を灯し、ロウソク立てに立てようと刺したまさにその瞬間、、、

――――ロウソク折れた。

縁起わる!!!!!!

アルカイックスマイルは崩れ、僕の密かな計画は露となった瞬間だったが、なんだか一人で大笑いしてしまった。これはこれできっとそうなる運命だったんだろう。全てはギャグだ。

参拝を終えた後、お礼参りの納経をしてもらいに売店へと顔を出す。すると初日に有り難い説法を説いてくれたあの尼さんがいた。僕はあの時のお礼とともに、お接待で頂いた数珠と白衣とともに無事一周廻りきり、ここに来ることが出来た旨を伝える。

この日は雨のため参拝客も少なく、それから小一時間は尼さんとお話する機会が得られた。思い返してみれば初日も朝一番で人がほぼいなかったため、尼さんとお話する機会があったのだ。いつもなら四国第一番札所ということで人がごった返している霊山寺において、それは単なる偶然とは思えなかった。

尼さんから「しばらくしたら結願のお経を団体さん向けにやるので、よかったら聞いていきなさい」ということで、特別に参加させて頂く。

本殿の奥の広間に団体さんに紛れ座り、尼さんの説法を聞き、もう丸暗記している般若心経を唱える。

両脇には釈迦と空海の言葉が貼られていた。超訳すると「結局頼れるのは自分」ということを釈迦も空海も述べている。

こちらが釈迦の言葉。

こっちが空海さん

僕はお遍路中、何かお願い事をしましょう的な場面でいつも違和感を抱いていた。

願いなどないからだ。

だからいつもお願い事はせずに「たくさんの願い事聞いてくれてどうもお疲れさんです。」と挨拶をするようにしていた。

しかしここにきて、僕は初めて自分のお願い事をした。いや、正確に言えば、自分の願い事が出来た。

僕は「もっとロックに、水のように生きていきたい」そう願う。

そのために取り込むのではなく、あらゆるものを解放していこうと思う。

そういう環境に身を置いていきたい。

これが願いと呼べるかどうかはわからないけれど、僕はそう祈った。

次の目的地は、お大師さんが眠る地、「高野山」だ。

帰路につくまであとちょっと冒険が待っている。