【四国遍路】エレクトリカル空海【高野山②】

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目が覚める。生きている。どうやらクマには襲われなかったらしい。

結局昨日はこの画像のような感じで就寝した。

青い雨具を枕にし、足元においたザックに足を乗せ血行を促し、寝袋に包まるスタイルだ。テントは、朝すぐに撤収できるように張らなかった。それにこのソファが意外と寝心地がよかったというのもある。

まだ辺りが寝静まっている朝5時過ぎくらいに目が覚め、迷惑にならないように早めの撤収作業をし、四国第一番札所「霊山寺」の尼さんに紹介を頂いていた「無量光院」というお寺さんの朝のお勤めに参加させてもらいに行く。

ここのお勤めはなかなかに迫力があった。まず初めに20人弱いるお坊さんたちが一斉にお経を唱えるところからスタートするのだが、そのインパクトたるや攻殻機動隊で流れる民謡を彷彿とさせるものがあり、一種の音楽として成り立つものだなあと感服してしまった。

その後も護摩焚きなどを間近に見る機会もあり、非常に素晴らしい体験だった。

お勤め終了後は軽いお茶会ということで、無量光院の住職さん(後で知るがなんと高野山真言宗の現No.2の方だった)とお話をさせて頂く機会があった。僕がお遍路をして来て昨日ここにたどり着いたことを述べると「ご飯は食べましたか?」と問われ、なんと朝食のお接待をして頂けることになった。

まさか四国を離れてもお接待をして頂けるとは思ってもみなかったので、少々戸惑うも、せっかくのご厚意は有り難く、本当に有り難く受け取ることにする。

空いている宿泊者用の居間に案内されると、すぐに朝食を運んできてくれた。

朝食はザ・精進料理という感じで、これがまた不思議と噛めば噛むほど味わいが広がっていくのが感じられた。なんと表現すればいいか、心で食している感じがしたのだ。

完食です!ごちそうさまでした!!

ここはお庭もとても綺麗な造りだった。

女将さんにお礼を言い、せめてもの気持ちということで納め札をお渡しさせて頂くと、

「明日もまだいるの?」と聞かれる。

僕は明日の青葉祭りに参加するつもりだったのでその旨を伝えると

「じゃあ、明日もここにおいでなさい。朝食作って待ってるから。」と言われ、軽く泣きそうになる。

高野の人優しすぎぃ!!!!

重ね重ねお礼を言い無量光院を後にすると、まずは高野山に来た目的を果たしに、お大師さんがご入定されている奥の院へと四国遍路完遂のご挨拶をしに行く。

樹齢何年かわからないほどの大木に囲まれた脇には、豊臣秀吉や織田信長、武田信玄から上杉謙信まで、名だたる歴史上の人物たちのお墓が並んでいた。

これは姿見の井戸と呼ばれ、この井戸の水面に自分の顔が映らなければ、その人は三年以内に死んでしまうのだとか。

うむ。映っている。ということにしておこう。

さぁいよいよ奥の院直前まで来た。ここからは一層神聖な場所として、一切の写真撮影が禁止されている。

奥の院参拝完了の印に御朱印を頂く。これで僕のお遍路納経帳は一応完成ということになる。

なにやら四国遍路を歩いて達成した人は、お大師さんがご入定されている霊廟越しに、お大師さんの姿が浮かび上がって見えるらしいと言われていたものの、残念ながら僕にはどんなに目をこすっても全く見えなかった。あと何週かしたら見えるようになるのかもしれない。

ともあれ、これでとりあえず高野山での目的は達成した。本当の本当に、僕の遍路旅は終わったのだ。あとは時間の許す限り、高野山を上から下までゆっくりと散策することにした。勿論、野宿場所の選定も兼ねて。

真言宗の総本山。金剛峯寺。この時は改修工事をしていたため、無料で拝観することが出来た。ツイてる。

金剛峯寺の庭アート。雄雌一対の龍が本殿を守っているのを表しているのだとか。

根本大塔。中には巨大曼荼羅像が屹立しており、なかなかにインパクトがある。

鐘楼

中門。この大きさで中門。

大門。写真では伝わりにくいが物凄いでかい。一昨日この付近でクマが出たらしい。逃げたい。

イカつい金剛力士像。その眼光でクマも追い払って欲しい。

全ての建造物をゆくっりと拝観していたら18時頃になっていた。そろそろ踊りの練習に行かなくてはならない。明日の青葉祭りは見るだけでもいいのだが、希望者は踊りながら高野のメインストリートを練り歩く事ができる。祭りはその中心部に飛び込んで楽しんだもんがちだと勝手に思っている僕は、迷わずこれに参加予約をしてたのだ。

練習場所として指定された場所は市民ホールのような場所だった。周りを見渡すと男性は僕しかいない。そして、僕はあの井森美幸ばりに踊りのセンスが皆無だ。

すごいシンプルな動作なはずなのに、体と頭がぐちゃぐちゃになり、なかなか上手いように踊れない。結局練習自体は30分ほどで終了し、まあなるようになるさ精神で明日を待つことになった。

練習を終えホールを出ると、昨日の夜の静寂が嘘かのように、高野の町が色めきだっていた。なんでも青葉祭りの前夜祭として、エレクトリカルパレードin高野山的な催し物があるらしい。宗教都市だけに、イメージが湧かなすぎてヤバイ。

いったいどんなミッキーが運ばれてくるかと思いきや、次の瞬間、予想の斜め上を行く光の祭典に絶句した。

!?!?!?!?

――高野山のミッキーは空海だった。

もう徳が高すぎて何も言えない。

エレクトリカル空海に圧倒されているのも束の間、しばらくすると今度は青森のねぶた祭りのような何かや、ワニの歯を押していくあのおもちゃのようなものまで入り混じりカオスな雰囲気になってきた。もう何でもありである。

この光景を一言で表すとするなら「宗教都市に舞い降りた俗世」である。しかしそこはさすがの高野山のお祭り、ただ単にキャーキャー騒いで信仰を忘れることはしない。

一人のオジサンがマイクを持ったかと思うと、「はい、それではみなさんお大師さんの方を向いてもらって、私に続いてお経を唱えて下さい」と、お祭り中にいきなり「般若波羅蜜多心経~~♪」と般若心経を読経し始めた。

いや、めちゃめちゃツッコみたい。

さっきから色々とめちゃめちゃツッコみを入れたい。

しかしこのギャップこそこの祭りの至高なのかもしれない。

その後は和太鼓の出し物を見たり屋台でタイヤキを買ったりしてお祭り気分を満喫していた。

しかしここで冷静に考えてみて欲しい。

高野山に住んでいるのは基本的に坊さんか宿坊で働いている人しかいないわけである。

勿論坊さんと言っても成人している人ばかりではなく、高野山にある仏教学校に通っている思春期の学生もたくさんいるのだ。

そして高野山に「祭」という俗世が舞い降りる瞬間、なにが生まれるか。

そう、それは坊主の恋模様である。

いやなんかね、さっきお寺で徳の高いお話をさせて頂いた坊さんがめっちゃB-boyでヒップホップ系の格好して、言うたらニューエラのキャップを逆さに被ってたりしたら、そりゃもう何か笑えてきてしまったわけで。

で、坊主の恋模様を観察していて思ったのが、ほっっっとんどの人が何かしらの被り物してるんですよ。

やっぱり思春期のちょっとお洒落したい男の子って髪伸ばしたいわけじゃないですか。でも一応仏教学校なのできっと剃髪しないといけないわけです。そこでオサレ男子はキャップ・ハット・ニット帽、はたまたハンチングなんでもござれで被り物してるわけですよ。

いやあ、分かってはいましたけど、やっぱりなんだかんだ坊さんも一人の人間なんだなあと、しみじみ思える瞬間でした。

そして前夜祭も終わりに近づき、結局今日一日高野山を見回してみてもよさげな野宿場所が見つからなかったため、あと一日だけ昨日と同じく市役所前のソファにお世話になることにした。

今日は前夜祭があったためか、市役所近辺もなかなか人気が消えず、しばらく辺りを徘徊していると、今朝、無量光院でのお勤めの際に一緒だった女性3人組に声をかけられる。

よくよく聞けば彼女たちは無量光院で主に食事を作って働いているらしかった。そのうちの一人の女性に「今夜はどこに泊まる予定なの?」と尋ねられる。

いい野宿場所が見つからなかったため、市役所のソファで寝袋にくるまろうと思っていると話すと「何か困ってることない?」と聞かれた。

実はこの時一つだけ非常に煩わしかったことがあったのだ。

「あせも」だ。

風呂に入れない日が続いたことと、菅笠のヒモがスレたこと、そして痒くて掻きむしってしまったことなどが重なり、僕の首は赤くザラザラとした感触のものになってしまっていた。けれど家の風呂に入れるまで、あと数日辛抱すればいいと我慢していたのだった。

この女性にそれを話したところ即決で「無量光院のお風呂貸してもらったらええ」と言い、「あなたがお風呂入りたいなら、私が確認取ってみるわ」というのだ。

入りたいか入りたくないかで聞かれたら勿論YESだ。少しでもこのあせもの煩わしさが無くなるのならとても有り難い。だが今朝朝食をお接待して頂き、その上お風呂まで入らせろというのは何だか図々しい気がして少し気後れしたものの、その女性の「女将さんはそんなことでどうこう言う器量の小さい人じゃないから安心して大丈夫よ」という言葉に後押しされ、ダメ元でお願いに行ってみることにした。

――数分後

結果的に、坊さんに囲まれながら大浴場に浸かっている自分がいた。

もうこのお寺さんには感謝しっぱなしである。周りでまだ学生と思われる坊さんがどんなに下ネタと交わしていようとも、それさえ全て徳の高い言葉に聞こえてくる。

あせもの気持ち悪さもいくぶんか和らいだ。

重ね重ねお礼を述べ、市役所へと向かう。夜風が気持ちいい。寝袋にくるまる前に、しばらくぼーっとする。四国を出ても、人の暖かさを感じ、背筋に一本軸が入ったような気がする。

明日のお勤めの際に、またきちんとお礼を言おうと思いながら、寝袋のチャックを閉じた。