【四国遍路】空は繋がっている【帰郷】

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翌朝。お風呂までに入らせて頂き、お世話になった恵光院さんの朝のお勤めに参加する。ここのお勤めは無量光院のそれとはまた違った迫力があった。護摩を焚いているお坊さんの周りを囲み、太鼓の音と共に執り行われる読経は、雰囲気抜群でいつもより心なしか力んでお経を読んでしまったように思う。

お勤め後、雨が降ってきたので、しばらく恵光院さんのお庭を眺めながら女性お遍路さんと雨宿りをする。

お接待で頂いたというお菓子を貰いしばらく談笑していたが、雨脚は強くなる一方だった。僕の方は高野山一帯を昨日一通りじっくりと拝観することが出来たので、下山して夜行バスに乗って帰るだけだった。

時間があるので一瞬、高野山まで登って来るときには歩けなかった町石道ルートを使い下山しようかとも思ったが、この雨で山道がぬかるんでいることを考えると、ドロドロの状態でバスに乗ることになると思い、大人しく電車で帰ることにした。

女性お遍路さんの方も気の済むまで拝観したら本日中に下山するというので、それなら後で難波で合流し、僕の夜行バスの時間まで飲みに行く約束を交わし、その場は別れた。

恵光院の副住職と娘さんにお礼を言いに行く。このお寺は、所々リノベーションされていて、お風呂やトイレなどの設備が素晴らしく綺麗で使いやすかった。

無量光院と恵光院は次回高野山に来た際には絶対泊まりに行きたい。再会したい人が、また増えてしまった。

恵光院さん、ありがとうございました!

足も気分もとても軽い。お接待とは四国特有のものかと思っていたけれど、そうではなかった。地球上のどこにいても空は繋がっているように、それは普遍的なもので、暖かい人は、どこにいても暖かいのだと思った。

ロープウェイに乗るため、高野山口行きのバスに乗車する。

3日間滞在した高野山ともいよいよ今日でお別れだ。

南海電鉄を乗り継ぎ、難波へと到着。

さっきまでのマイナスイオン感が嘘のように一気に都会の喧騒にまみれる。

その後約束通り下山してきた女性お遍路さんと梅田で盃を交わす。話を聞けばこの人は大企業に勤めていたものの、色々と精神的にまいってしまい、療養期間中に今まで抑圧してきた自分のやりたいことを1つずつこなしているのだとか。そのうちの1つがお遍路だったらしい。

それにしても白衣こそ着ていなかったものの、菅笠をザックに付け、金剛杖をつきながら梅田の町を徘徊する男女二人は周りからすればかなり奇特に映ったであろう。

しかし、もうそんなことは、あまり気にならなくなっていた。遍路に行く前は周りの目を気にして町中で杖をつくことに抵抗があり、事前に買わないで行ったわけだが、これもお遍路を通して変わったことの1つだと思う。

彼女とはさんざん飲んで、ハグして別れた。乗り込んだバスの車内で、これまでのことを反芻する。今まで書き溜めた記事を見返していると、お遍路に行く直前の、ギリギリだった僕が、心境を吐露している文章が目に止まった。

設定は「非公開」になっている。自分で読んでみても心配になるほどネガティブなことが書かれているが、お遍路を終えた今、客観的に振り替えれる今だからこそ、改めてそれをここに公開してしまおうと思う。

死んでしまいたい夜に

重松清さんの流星ワゴンを読んだ。きっかけは単純なこと。どこかのブログで紹介されていて気になり、本の紹介文の冒頭「死んじゃってもいいかなあ、もう……。」という文言が、なにか引っかかったからだ。

そう思ったことのある人は多いんじゃないだろうか。思春期の頃など、特に。

上手く言葉にならない。この本の伝えたいメッセージは、言葉にすれば簡単なこと。「別に逃げてもいい、でも、どんな現実であろうと、前を向いて生きていこうぜ」的なことだと思う。でも、上手く言葉にならない。

人生につまづく人は、僕自身含め、多いと思う。本作では、別にそれに対しての明確な解決策などは提示されていない。

ただ、淡々と、目の前の現実に向き合うしか無いのだという――しかしそれは決してネガティブな意味でもなければ、ポジティブな意味でもないのだと思う。ただ淡々と、目の前のことをこなしていくしか無いし、結局はそれが大切なことなんだと、そういう風に僕は解釈した。

「死にたい」と、公に発言することは、今の時代どこかしら禁忌になりつつあるような気がする。

匿名のインターネットでさえ、そういうネガティブな発言をする人は避けられるような風潮さえ感じることもある。

僕もそう思っていたし、いつぞやの自己啓発本に「言葉は行動と同義であるから、ネガティブな言葉はなるべく慎みなさい」的なことが書いてあったような気がする。まぁ言ってることは分かる。

でも、良いか悪いかは関係なしに、否応なしに、仕方なく、そう思ってしまうことは、ある。けれども、それを発言できる場所は、少ない。

生きづらさ、とはそういうことの積み重ねで、醸成されていくものかもしれない。

この本の刊行は2002年だった。2002年といえば、まだ僕は小学生で、むずかしいことなど何も考えず、ただただ目の前の楽しいことに夢中だった。そんな時に発行された本書を、それから十数年後の自分が読み、こんな文章を書いていることなど、想像もできないことだ。

変に感傷的になってしまう。

現実に活かす学びのために読んだり観ていた本や映画たちは、いつしか現実逃避のための手段となり、一過性の娯楽として働いてくれていて、そしてそれに僕も居心地の良さを感じていた。でも現実逃避のために読んだ本書は、否応なしにリアルへと侵食してきた。考えずにいたことを考えさせてくる。

つらい。――と、言うことはつらい。

なんでもないのに、ふいに、泣いてしまうこともある。理由はわからない。

毎日入って来る様々なニュースも、世界でいろんな事が変わっていっても、僕には関係ない。

ブラウン管越しに入って来る様々な出来事は、違う世界の出来事で、僕の部屋の世界は変わらない。

いつもと同じ視界があり、いつもと同じルーティンを、ただただこなす。

自分の人生が止まっていることを、すごく、常に、感じないことはない。

こんな生活を2年弱続けていると、身体が硬直して、あたらしい一歩を踏み出すことも難しくなっているのだということを実感する。

数年前まで自分で言うのもあれだけれど、イケイケな若者みたいだったことが別人のように感じる。

でも夜職していた時も、起業もどきしていた時からも本質は変わっていないのだと思う。僕は弱い人間だし、だらしがない。仕事をしていた時は、仕事をするというよりかは、その時々の役割を“演じていた”と言ったほうがしっくりくる。

最近、もう、よくわからない。なにもかもがわからない。自分がなにを言っているのか、それさえも。

この文章はどこにも公開することはないだろう。自分のために書いている。

旅に出ないといけない、と、思う。

別に、自分探しの旅なんかで、自分は見つかるはずもないし、そんな旅には今でも懐疑的だ。そもそも自分とは見つけるものではなく、紡いでいくもの、と、分かった上で、歩きに行かなければならないんだと思う。

理由はない、自分の心に従わないと。多分、ただそれだけなんだと思う。

人生ってよくわからない。いま、この文章を書いている目の前にある本棚には、ビジネスにやる気が無くなって、うだつが上がらない自分を鼓舞するために読んでいた、たくさんの自己啓発本が並んでいる。

でも、それらの本のほとんどが、自分には必要のないものだったんじゃないかな、と、思う。

きっと、人にあえばそれなりのコミュニケーションはとれるし、笑顔を振りまくこともできるけど、実際、内的に生きづらさを感じている人は、多い気がする。

生きていくのってつかれるなぁ。

いや、めっちゃネガティブやん

でもまぁ確かに生きていくのは疲れる。ふざけんなよと思うような不条理な出来事もある。「死」がそれに対する救いのようなものならば、責任を負えないなら、他人はそれに対して口出しを出来ないし、しちゃいけないとも思う。

杓子定規に自殺はダメだという正論を振りかざしたところで、本人には何も響かないだろう。「死」が救いだと思わざるを得ないうちは、死にたい時に死ねるという選択肢を提示してあげたほうが、かえって生きやすくなることもあるのだと思う。

この当時に腐るほど読んだ自己啓発本は、たった一回のお遍路に勝てなかった。

死にたかった自分を、もしくは精神的には既に死んでしまっていた自分を変えるほどの力が、お遍路にはあった。

結局、自分を助けてあげたのは他でもない自分自身で、「最終的に頼れるのは自分自身のみである」と説いた釈迦と空海の言葉が今になって身にしみる。

でもなんだかんだ言ったとして、人は変われないのだ。僕はこれからもきっと、何度もこういう気持ちを反復させ、こじらせながら、少しづつ年をとっていくのだと思う。

それでもきっと、どうにか生き抜いてはいるんじゃないかなぁと、今は漠然と思う。

この旅を通じて、人生は思った以上に、そこまで捨てたもんじゃないと感じる瞬間を経験したからだ。

――夜行バスの狭い四列シートに揺られながらも、遍路旅で培った図太さでぐっすりと眠ることが出来た。初日に新宿から乗った夜行バスでは、眠ることができなかった事を思い出す。

雨模様だった関西の空とは打って変わって、東京の空は澄み渡っていた。

僕は東京に戻ってきた。けれどこの空は四国の空へと地続きなはずだ。あの地で起こった出来事や、触れた暖かさ、出会った人間も、同じ空の下で今日も生き抜いていると思うと、不思議と元気が出てくる。

人は変われない。

変われないけれど、変われないという前提からスタートすることが大切なんだ。

変われない自分を受け容れ、許容すること。そこからまたはじめていこう。

久しぶりの実家はとても緊張した。

明日も明後日も、小さなことに一喜一憂しながら、

そんな人生が続いていったらなあと思う……。

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