友が皆、我より偉く見える日は

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先日、中学時代からの旧友と呑んだ。ここでは仮に名前は「S」にしよう。僕の地元で今付き合いのある唯一の友達がSだと言っていい。

僕は幸か不幸か、周りの人よりも仕事を始めるのが早かったし、しかもそれが夜のお仕事からIT系のフリーランスということで、地元の知り合いとは話も金銭感覚も合わなくなっていき、自然に、半ば意図的に交友関係はなくなっていった。

よくある話だ。そもそも、僕は友達が少ない。今でも定期的に会う人間なんて片手で数えられるくらいに限られている。

環境が人を作るとよく言うけれど、それはその環境でどんな人と巡り合えるかが鍵とも言える。その意味では、家でのんびりと過ごすセミリタイアしたような今の環境においては、知り合う人が少なくなるのも当然なんだろう。

けれども、僕は友達が少ないということに引け目を感じたことは一度もない。そもそも一人が好きなのだ。お遍路だって一人で行くくらいだ。おそらくお一人様レベルはそろそろカンストするだろうなあと思う。

前置きが長くなってしまった。今日は、先日一緒に酒を酌み交わした、僕の非常に少ない友の一人、Sについて書こうと思う。

Sとは小学校から同じだったものの、絡むようになったのは中学に入ってからだった。

それからは大学に入るまで交友は続いていたものの、先ほど書いた通り、僕が夜の仕事を始めてからはあまり会う機会もなくなっていった。

そして時は流れ、僕がネットビジネスを始めたくらいの時に、久しぶりに地元の数人で飲みに行かないかと誘いを受けた。正直、あまり乗り気ではなかった。

お酒を飲んで中学時代のバカ話をひたすら繰り返す。そんな予定調和な飲み会に参加して意味はあるのだろうか、などと当時は考えてしまったものだ。

今思えば、余裕がなかったんだと思う。

結局、その飲み会は行くことにした。もしかしたら久しぶりに会うあいつらは、僕が考えているよりも、ずっと成長しているかもしれない、と思ったからだ。

意識高い系が考えそうな、ひどく傲慢な考えだ。

久しぶりに会ったあいつらは、やっぱり昔のまんまで、それはそれで楽しかった。けれども、飲み会の終盤、就職の話になった時に、ひどく甘い考えを持っているなあと思い、少し熱く語ってしまった。

そしてその結果返ってきた言葉は、

「それは、柳だから出来るんだよ。」だった。

それ以来、僕は意図的に地元の知り合いとは交友関係を断つようになった。

Sはその中のひとりだった。それなのになぜSとは今も交友が続いているかと言えば、お遍路がきっかけだ。

連絡もしたわけではないのに、何故か僕が四国を歩いていると知ったSは、わざわざ僕の実家まで、お布施をしに来てくれた。

それを母伝いに四国で知った僕は、帰郷したらSには這ってでも会いに行きたい!と思ってしまった。縁とは本当に不思議なもので、また会う人とは、会うべくして再会するものなのかもしれない。

それからSとは1,2ヶ月に1回は定期的に顔を合わせるような間柄になった。話を交わすうちに、今では僕はSを本当に尊敬している。

Sはわりと複雑な家庭環境で父親が数人いる。そのうち成人するまでの、殆どの期間を育ててくれたのが、第2世代の父親だった。

その父親は地元で居酒屋をやっていて、僕がお遍路から帰って真っ先にSに会いに行った時は、この店にお邪魔した。その時、Sは店の手伝いをしていたのだが、1つ不自然なことがあった。

父親に敬語を使っているのだ。

それもある特定の瞬間だけでなく、終始、まるでそれが当たり前であるかのように、ずっと続いていた。

これが一昔前の話だったらまだ分かる。日本も昔は父親に敬語を使うというのは当たり前だったはずだ。けれども今のこの平成の時代において、その光景は違和感を感じ、Sに理由を聞いてみた。

「俺が一番反抗期で迷惑かけた時にほっぽり出さずに育ててくれたのが、2代目の親父だから、今、成人して、改めてあの時迷惑かけたと思うし、店やりながら育てるの大変だったと今では分かるから。だから尊敬の念を込めて敬語を使うようにはしてるかな。」

こう、Sは言った。

親と子の関係性なんて家族の数だけあると思う。僕の家族の関係性とはある意味真逆のSだが、仕事をしながら父親の居酒屋の手伝いと、その下にあるじいちゃんのラーメン屋も手伝いながら働いているSを、僕は単純にすげーなと思う。

こういったことを、数年前の僕は気付けなかった。Sの人間性が変わったわけではない。突然すごくなったわけでもないのだ。単純に僕が腰を下ろして、相手と話をしていなかっただけなんだと思う。東京で働いているときも多くの人と出会ったが、一人ひとりと本当の意味で話をしていなかっただけなんだと気付かされる。

石川啄木という人がその昔「友がみな我よりえらく見ゆる日よ 花を買い来て妻としたしむ」という詩を詠んだ。ニュアンスは詩のそれとは異なるけれど、ある瞬間、自分中心の目線から、一人ひとりがその人自身を生きているのだと気付くその時、敬意なしでは他者と接せられなくなる時がある。

僕はSを尊敬しているのだ。

――そんなSが、職場環境の劣悪さに嘆いていた。聞けば、社長が愛人作ってしかも雇っちゃうとか、会社経営をする上で絶対やっちゃいけないことリストの筆頭に挙がりそうなことをいくつも犯していて軽く笑った。

S自身も、もう職場で学ぶこともないし辞めて次の環境へと身を投じたい気持ちもあるらしい。けれど、なかなか身動きが取れない状態が続いてるんだとか。

勿論人間だから色々と感情のしがらみもあるし、仕事をやめ、次のステップに踏み出すのには勇気がいるんだろう。

僕は、Sの話を聞いてあげることは出来るかもしれないけれど、最終的に決めるのはSだ。僕がとやかく口を挟むということは、Sを信頼していないとも言える。本当にその人を信頼しているのであれば、小言は挟まず、ただ静かに見守ればいいのだと思う。

先日の呑みの席で、僕はSに、「もし仮にSが仕事をやめて、俺と一緒に旅に出ようってなったら、実際俺は断るよ。」と言った。

勿論一緒に旅をしたほうが旅費も安くなるし、精神的にも安心感は増すと思う。でもその反面、奇跡に遭遇する確率が大幅に減ると思うからだ。

これは経験則なのでなんとも説明し難いが、お遍路中には一人だから経験し得たことがたくさんあった。2人で旅をするということは、一見良さそうに見えるが、相手が経験するはずだった奇跡を奪ってしまうことにもなるのだ。

それに、相手を信頼しているからこそ、共に行くのではなく、あえて反対の道を行く。

あいつは無事に旅が出来るかとか色々と瑣末なことは考えず、大きな信頼とともに相手の背中を送り出す。

そして旅の途中で一回くらいはどこかで巡りあえたなら、その時また語り合えたら嬉しいなあくらいの気持ちのほうが、お互い清々しいと思うのだ。

――もしかしたら、数年後には僕たちは今ほど顔を合わせていないかもしれない。

疎遠になってしまっているかもしれない。

でも、それでもいいのだと思う。

お遍路が僕とSを繋ぎ合わせたように、会うべき人とは、いつかまた必ず会う。

それに、今、こう思っているということ、それ自体が大切なんだ。

何度も言うけれど、僕はSを尊敬している。

そして、信頼している。

だからSが今の職場に留まろうと、次の一歩を踏み出そうと、そんなことは関係なしに、僕はSを応援するし、そして、愛し続けるであろう。

これがBLです

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